墨会館について

 

 

●墨会館の誕生物語●

※参考文献:艶金興業百年史編集委員会編「墨敏夫 知と技の軌跡100年」
丹下健三・藤森照信著「丹下健三」 新建築社

 

【丹下健三氏への設計依頼】

 墨会館は、昭和27年に艶金グループの中枢拠点として計画され、当時艶金公園としてテニスコートや社員クラブがあった艶金発祥のこの地を、紆余屈折を経て選定されました。当時、東京大学工学部建築科の助教授であった丹下健三氏を何度も訪問してようやく設計の承諾を得たものの、カリフォルニア大学の建築科教授として招かれたため中断となってしまいました。時を経て昭和30年、墨社長が東京へ出張する特急電車の中で、偶然にも静岡駅から乗車した丹下健三氏と出会い、中断となっている設計を願い、改めて承諾を得ることができました。

【墨会館のデザイン】

 日本の伝統木造建築を再解釈し、鉄筋コンクリート造にて柱・梁構造のモダニズム建築へと昇華させた香川県庁舎は昭和30年に設計されました。翌昭和31年4月から2ヶ月間、丹下健三氏はアジア連帯文化芸術使節団の建築家メンバーとして中国・ソ連・エジプト・インドを巡り、インドでル・コルビュジュエの作品を訪れ、帰国後に旧草月会館が設計され、そして昭和31年12月までに墨会館は設計されているようです。

香川県庁舎東館HPへ移動

(c)香川県庁HPより

 旧草月会館以降の丹下氏設計の建物に見られる壁のデザインが、墨会館の外観デザインにも見られ、いっぽう建物の内部は香川県庁舎に見られる柱と梁及び伝統木造建築をイメージする和風のデザインを見ることができます。敷地いっぱいに立ちはだかる、荘厳と思えるほどの建物の外観の壁のデザインは、当時隣接する繊維工場とそこへ行き交うトラックなどからの騒音を遮断する目的でもあったとのことです。

 

 

●艶金興業とは●

※参考文献:艶金興業百年史編集委員会編「墨敏夫 知と技の軌跡100年」

艶金興業㈱ホームページ https://sites.google.com/site/tsuyakin/home


 尾州と呼ばれる愛知県北西部は、絹・綿を手がけていた時代から、高度な織物を生産する機業、糸染、撚糸、染色整理などの独立機業がそろっていました。なかでも機業家が地域的に集中し、それを支える染色整理が営業的に自立可能な生産単位にあったことが尾州を一大産地として発展させてきました。この「染色整理」を担っていたのが艶金興業です。流行の変遷に追随し、どんな仕上げ方法にも対応する必要がある染色整理は、常に技術革新が求められ、あまり稼働しない設備をも備えなければなりません。そして稼動率を上げるために常に販売量を確保していなければなりません。日本有数の企業であった艶金興業がこの尾州に存在していたのは、そんな背景がありました。

参考文献「墨敏夫 知と技の軌跡100年」より

 創業者墨宇吉が織物の艶打ち(つやうち)を主とした艶屋(つやや)を起業したのは明治22年のことです。宇吉の幼名が金兵衛であったことから「艶屋の金兵衛」と呼ばれ、略して「艶金(つやきん)」と名付けられました。(※艶打ちとは:織物の仕上げの一工程で、かまぼこ型になった石の台へ織物を乗せ、木槌で万遍なく打って艶を出すこと。)

 宇吉そしてその子清太郎は尾州産地の機業家たちの求めもあり、国内外から常に新たな技術を学び新型の機械を購入して事業を拡大させ、大正期以降には皇室の視察もうけるようになりました。世界大戦での戦災被害を受けた後の昭和21年、清太郎の子敏夫が艶金興業を引き継ぎ、工場の復興と拡大につとめ、昭和27年に艶金グループの中枢拠点である「墨会館」の建設が計画されました。

 日本を代表する尾州の企業として活躍した艶金興業㈱は、輸入品の増大や国内消費の不振等を理由に平成22年繊維関連事業から撤退しています。

https://sites.google.com/site/tsuyakin/home/enkaku 艶金興業㈱ホームページ

 

 

●文化財登録と改修及び耐震補強●

【国登録有形文化財への登録】

 墨会館は当時の所有者である艶金興業㈱により登録文化財への申請がなされ、平成20年7月8日に国登録有形文化財として登録されました。

 登録の基準:造形の規範となっているもの
 登録理由  :丹下健三設計のRC造事務所建築。台形敷地北辺の2階建事務室棟と南半の平屋建ホール棟を玄関車寄で接続する。1階外壁は非構造体で、上端にスリットを入れて採光とする。ダブルビームの大梁、打放しコンクリートなど、丹下の初期作品の特徴が見られる佳品。

    ※詳細は「文化財ナビ愛知」参照

【改修及び耐震補強】

 艶金興業㈱の繊維事業からの撤退により、平成22年、墨会館は地元の公民館へと再利用するために、一宮市が取得することとなりました。その後、耐震診断・改修設計・改修工事及び耐震補強と、公民館への改修工事が進められ、平成26年11月1日、尾西生涯学習センター墨会館及び小信中島公民館として開館しました。

会議室

鉄骨の耐震補強材(白色部分)

補強柱とテラコッタグリル

補給柱とテラコッタグリル

 墨会館の耐震補強は1階のみで済ませています。屋根の保護コンクリートを撤去して建物の荷重を減らすことにより、2階の耐震補強を省きました。その結果2階はほとんど手をかけることもなく、オリジナルのままの状態を保つことができました。2階は見学のみに限定していますが、自由には見学できません。建物ガイドをお申し込みのうえ、見学をしてください。1階の耐震補強は、オリジナルのデザインと見分けがつくよう、鉄骨で目立つように補強されています。
唯一、玄関車寄せのみは、鉄筋コンクリートの柱を太くして補強しています。そのために柱際のテラコッタグリルを何列か外して、改めて目立たないように積み替えています。

 

 

●墨会館の見どころ●

1.壁の建築

1.壁の建築:建物をまとうように、敷地いっぱいに巡らされたやや勾配をもつ外壁は、頂部の梁との間にスリットが設けられています。閉鎖的な印象の外観ですが、集会室棟のロビーに佇むと静かな空間にスリットから多くの光が差し込みます。遮音と採光を両立させています。

2.柱と梁の構造:杉の化粧型枠による打ち放しコンクリートと、ダブルビームの梁、2階テラスの軒裏のリズミカルに配した片持ち梁など、香川県庁舎の柱梁構造が墨会館でも踏襲されています。

3.ダブルビーム:柱面と梁面を揃えるための合わせ梁です。梁巾が狭くなり繊細な印象を与えています。玄関車寄せのほか、随所に見られます。

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4.陶板の壁

4.陶板の壁:アイストップとなる陶板の壁は、それまでの丹下建築の特徴です。トイレや水廻りやEVを集約したセンターコアに陶板を貼る手法が、この墨会館の事務所棟の玄関ホールにも見られます。吹き抜けに面した水廻りを集約したコアの壁面に、大型の陶板が貼られています。

5.室内階段:陶板の壁に面する吹き抜けを貫通するように、ケヤキで造られた階段があります。現状は、踏板面の中央部が絨毯で覆われています。資料室にある設計図と見比べて、寸法や納まりを確認してみてください。

6.伝統木造建築の再解釈:事務所棟の中庭に面する雪見障子風の建具、2階の会長室及び社長室の床の間風の造り付け家具、2階テラスの勾欄風の手摺など、伝統木造建築を再解釈して、当時の新たな素材でデザインされています。

7.テラコッタグリル:玄関車寄せと建物北外壁面に使われている格子状の陶器がテラコッタグリルです。クライアントの繊維事業にちなみ、色とりどりに彩色されています。孔の抜けているものと抜けていないものが組み合わせてあり、テラコッタグリルで区切られたその向こう側の気配が感じられ、日本的なしつらえのようにも思えます。

外観

8.ガーゴイル

8.外壁から突き出た雨樋:コルビュジュエ建築に見られるガーゴイルが日本でも流行し、いくつかの丹下建築でも見られます。雨樋であり、芸術であり、宗教的意味を持つガーゴイルをコルビュジュエが近代建築に持ち込んだものです。

9.設計図:資料室では設計図の写しを閲覧することができます。建物を見るだけでは判らない隠れた部分の納まりも明らかになります。

10.川合健二氏の空調設計:豊橋市にある川合健二氏のコルゲートパイプの自邸のことを知る人は多いと思います。建築家石山修武氏もその影響を受けて住宅「幻庵」などのコルゲートパイプの住宅を展開した時期がありました。川合健二氏は1950年代、丹下作品の空調設備を複数手がけていて、墨会館もそのひとつでした。川合健二氏は墨会館完成後も艶金興業と交流を続け、エネルギー設備などを提案していたようです。

11.成形合板の家具:「成形合板」の技術を日本で始めて取り入れた天童木工は、当時の建築家たちからの要望に対し積極的に技術開発を行い彼らの思いをカタチにしました。

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12.艶を出す石

デザインが自由で大量生産の可能な成型合版の家具に、丹下健三氏は着目していたといいます。資料室にて、墨会館の家具の設計図も閲覧できます。また、事務所棟1階の廊下に、レプリカですが墨会館で使用されていた成形合板の家具が置いてあります。

12.艶打ちに使用されたかまぼこ型の石:中庭西端の樹木の足元をよく見ると、わずかに頭だけを見せて埋まっている艶打ちの石が見られます。

13.謎の5:中庭の西を眺めると5本の樹木、点在する5個の庭石、事務所棟へ上がる5段の石段。何か理由がありそうです。

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13.樹木、庭石、石段

14.文化財の改修:オリジナルを尊重して残せる物は残しました。取り替えた材料はオリジナルを展示しました。2階は見学に限定することでオリジナルを存続できました。耐震補強はオリジナルデザインと区別がつくよう鉄骨で補強しました。ただ玄関車寄せは建物用途に支障をきたさないことを重視し、オリジナルデザインの改変が目立たないように補強しました。文化財改修のひとつの例としてご覧下さい。

15.建物ボランティアガイド:個性豊かなボランティアガイドの皆さんが、それぞれの視点で墨会館をご案内致します。ガイドが変われば、また新たな墨会館を知ることになります。